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マックグループの行動倫理に関する基準
2008/01/26 全国マック協議会
前 文
マックグループは、アルコール依存症者(アルコール依存症を中心としたアディクション領域での問題をもった人を指す。)にソブラエティ(飲まない生き方)を実践していく方法や手がかりを提供し、また、彼らと生活をしている(していた)家族にアディクションや家族問題の理解を深める方法や手がかりを提供する。これらのことを通して、マックグループの施設(以下、マック施設と記す)に助けを求めて訪れる人たちの考え方や行動が
健康的に変化していけるよう手助けを行っていく。
マック施設ではグループミーティングと個別面談を併用した処遇を行い、時には必要に応じ家族援助(教育)も行っていく。
マックグループの基本理念はA.A.12ステップの理念を礎にしたものであり、それに基づく回復プログラムを提供していく援助スタッフは、主に、アルコール依存症からの回復の道を歩んでいる者(当事者スタッフ)であってA.A.12ステップの理念を理解し実践している必要がある。個人生活においてもAA、NA、Al-Anon などの12ステップグループのレギュラーメンバーとしてミーティングを大切にした生活を営み、アディクションから回
復している姿を示しておく必要がある。但し、上記援助スタッフは必ずしも当事者スタッフに限定することではなく、非当事者スタッフを否定するものでもない。なお、援助スタッフを含む職員のうち非当事者については、A.A.12ステップの理念を理解し尊重する責務を負うこととする。
以下はマックグループの職員、理事等が擁護すべき12の倫理基準(長文)である。

1 利用者の「人間としての尊厳」を尊重し、回復に向けての手助けを最優先にして行動する。(第一のことは第一に)
アルコール依存症者は意思が弱い駄目な人間と思われ、社会から忌み嫌われる存在としてある種の偏見をもって位置づけられている場合が多いと思われます。
このような偏見に包まれている中にあっても、マック施設を訪れる人は個人として誰もが自由かつ平等そして独立の存在であって、人間としての価値が異なることはありません。私たちは「人をして人たるに値する存在」として彼らを受け入れます。彼らは他者からの支配を受けず、自分の尊さを守る自律的存在であるということを私たちは尊重しなければなりません。
経済的、社会的に、そして生き方に問題を抱えて訪れる依存症者にアディクションに囚われず生きていく方法や手がかりを提供することがマックグループの使命です。
マックグループは、各マック施設(法人)がその設立趣旨に基づいた事業を展開していくにあたり、回復に向けての手助けを行うという自らの使命を第一に心得ておかなくてはなりません。

2 利用者が安心できる居場所(施設)づくりを行い、無差別平等の精神で回復への手助けを行う。
いつの間にか家族や友人そして社会のなかに「安心の場」を失ってしまった人たち、マック施設を訪れる人たちはアルコール依存症を中心とするアディクションに囚われた結果、物理的にも内面的にも自分が居られる「安心の場」を失ってしまっています。
訪れる者にとって、安全で安心できる居場所として感覚的に受け入れられる場が必要です。そこは、仲間意識に包まれた雰囲気のなかに「回復への希望」が漂い、回復プログラムに出会える場として機能していなければなりません。
マック施設は利用者を「人をして人たるに値する存在」として受け入れます。たとえ、利用者の国籍、宗教・信条、性別、社会的身分、門地、そして家族の有無、経済状態、経歴等々に違いがあろうとも、違いのあることを認め、誰をも平等に受け入れながら回復プログラムの提供を行います。
このようにマックグループは「人間としての尊厳」を尊重し、社会に開かれた存在として施設運営を図ります。そのことから、例えば、マックグループは「特定の施設団体と密接な関係があるようなこと」や「特定の政治勢力(団体)との結び付きがあるようなこと」の裏書を与えてはならないことが導き出されます。つまり、それらの団体の宣伝目的のためにマック施設の名前が恣意的に利用されてはならないのです。なぜなら、これらに囚われると、訪れる者にとってマック施設の間口が狭まってしまったり、マック施設の自立性が損なわれる可能性が生じたりすることで、マックグループが果たすべき使命とかけ離れていってしまうからです。

3 力の及ばないことに関してはその無力を認め、実践できる能力の限界を受け入れる。
マック施設に助けを求めて訪れる人たち、底をついた人生から生き方の方向を変え始めていこうとする人たち、彼らは変化への歩みの過程で様々な問いや助けを私たちに求めてくるかもしません。そして、私たちは彼らにとって必要かつ重要な存在でありたいと思うがために、自分自身の専門外のことや蓄積された経験的知識にないことでもあたかも知っているかのように、私たちは応えてしまうかもしれません。
私たちは「できることと、できないこと」を真摯に受け止め、できないことに関しては無力であることを認識し続ける必要があります、できることには限界があるのだということを。
私たちは神の役割を演じ何でもできるわけではないのです。

4 援助機関としての能力(施設の役割や援助者個人としての能力)の範囲内で利用者への手助けを行い、その限界を超えたことは行わない。
マック施設は医療機関でもなければ、行政機関でもなく、あらゆる能力を備えた機関でもありません。
マック施設のできること、それは、訪れる者が新たな「生き方」に向かうために回復プログラムを踏み、彼らが私たちと共に成長していく機会を提供することです。私たちの経験的知識はそのことのみに活用することができるのです。
私たちが「できること、できないこと」を真摯に受け止められず、専門外のことや蓄積された経験的知識にないことにまで手を伸ばした場合、それは、私たちのなかに潜む過信が頭をもたげたのでしょう。過信に基づいた独りよがりの独善的行動は傲慢そのものです。
私たちが過信に基づいた傲慢な行動をとったとき、利用者にとっては不適切な対応をされたことになります。不適切な対応は、回復プログラムから利用者を遠ざけてしまうこととなるでしょう。回復プログラムから遠ざかる、これはアルコール依存症者にとって生命にかかわる問題に発展することにもなります。
私たちは過信と傲慢に基づいた行動をとってはならないのです。

5 援助機関として必要な専門知識を学び続けていく努力を惜しまず、蓄積された経験的知識と合わせることにより、質の高い回復プログラムの提供を図る。
マック施設が提供する回復プログラムの底には、A.A.12ステップ哲学が流れています。
当事者スタッフは健康的な生き方をしていくために12ステップを踏みながら日々の生活を送り、様々な場面でステップの実践を試みています。それらの実践的試みはマックグループのなかに積み重ねられています。その実践的積み重ねによって獲得した経験的知識を援助スタッフは利用者への手助けに活用しています。
経験的知識は回復プログラムにとって必須のものであることは明白です、しかし、これだけに頼っているばかりではいられません。対人援助に関する専門的な考え方を学びながら経験的知識を整理していくことも必要です。そのことが、私たちの経験的知識に深みを増し対人援助能力を高めていくことになります。
マックグループの各理事会(運営委員会)は、職員等が専門的学習を受けられる環境作りを心がける、それは、専門性を高め利用者への手助けの選択肢を広げることにもつながっていきます。
伝え続けられている経験的知識の獲得そして専門的知識の習得、相互のバランスをとりながら、これら学習機会の確保を行っていくことが援助スタッフにとっては大切なことなのです。
そして、適切な施設管理を行うための学習を行うとともに、新しい制度や変わりゆく社会環境等、マック施設を取り巻く社会の変化を学び、時代のなかでのマック施設の運営を行っていくこともまた大切なことなのです。

6 援助機関としての能力を超えたことに関しては、専門家や専門機関との協働を図りながら適切な対応を行う。
マック施設を利用しようとするアルコール依存症者には、予め医師による診断を受け、心身の状態をチェックしておいていただくことが大切です。
マック施設では、利用者が身体的にプログラムを踏んでいける状態(健康であるか、治療しながら施設利用が可能であるか)であるのか否かを判断する必要があります。また、他の精神疾患が合併している場合、プログラムを踏んでいける状態であるのか否かを判断する必要もあります。
マック施設は医療機関ではありません。医療機関での治療が必要であるか否かの判断は医師に委ね、必要な場合は当該疾患の治療を優先しなければなりません。
それらの過程を踏み合併症の改善が図られ、プログラムを踏んでいける状態になったアルコール依存症者に回復プログラムの提供を行うことが、回復支援を行う機関としてのマック施設の役割です。
上記のことは医療との関係ですが、様々な専門機関との関係においてもこれと同様に対応することが大切です。
例えば、利用者が生活に困窮している場合、マック施設が金銭的援助を行うのではなく福祉事務所への相談に委ねる、借金に苦しんでいる場合、日本司法支援センター(愛称・法テラス)の活用を助言したり、行政で行っている法律相談や弁護士会が運営している法律扶助協会等への相談に委ねる、職業斡旋はハローワークに委ねる、等々、問題に応じた専門機関の活用が図られるよう手助けしていくことがマック施設の役割です。
マックグループの経験が示していること、それは、もし、マック施設がそれらの専門機関の領域に入り込む衝動に駆られたら、虚勢や傲慢がそうさせるからだということを、そしてそれらからは何ら有益な結果が生じないことを。
7 利用者を傷つけないよう真摯な態度で接し、一方的に考え方や見方を押し付けることなく誰をもコントロールしない。
回復など信じられない、人として価値のない駄目な人間と思い込み傷ついてしまっている、このような状態で利用者たちは助けを求めてマック施設を訪れます。
マック施設で、利用者が傷口を広げられたり、人としての尊厳を踏みにじられること、それらの行為によって利用者は更なる傷を負わされることになります。
マック施設を訪れる人たち、彼ら利用者は、将来に渡り、私たちと一緒に12ステップ哲学を尊重していこうとする仲間でもあります。
私たち援助者は、利用者が安心でき、仲間意識に包まれた「回復への希望」が漂う雰囲気のなかで利用者を迎え入れることを心がける必要があります。
その一方、利用者は傷ついているがために、自暴自棄におちいり援助者の意に反した言動をとることもあります。
私たち援助者は、利用者のそのような態様を見て、援助者自身の価値観に基づき善悪の審判を下すかもしれません。しかし、私たち援助者が、利用者の一挙手一投足に囚われ一方的に善悪の審判を下してもよいのでしょうか?
私たちは私たちの示す「回復プログラム」を有効なものとして信じ、価値観を共有しています。そして、それを信じるが故に、審判を下し援助者自身の価値観を利用者の意に反し押し付けたとしましょう。もし、それが善意での正しい提案としての形式的な体裁が整っていたとしても、審判を下して価値観を押し付けるということ自体が、私たち援助者の意識の深層で「利用者が包蔵している可能性」を否定しているのではないでしょうか?
例え、正しいことであっても、一方的に否定された者が否定した者の提示した価値観を素直に受け取るでしょうか?
もう一度考えてみよう、価値観を強要すること、それは利用者が持つ回復への可能性を否定しているばかりでなく、援助者としての立場を維持し、援助者自身が抱いている不安を解消するために利用者の一挙手一投足に反応しているのではないか、そのために相手をコントロール(権力による支配)しようとしているのではないのか・・・と。
回復のプロセスにはその人が歩んできた背景や状況による個人差があります。その個人差を斟酌しながらその人にあった回復に向けての手助けを行うこと、このことが真摯な態度で関係作りを行うということではないのでしょうか。
アルコール依存症者はその人の中に回復に向かって歩んでいける可能性を秘めています。
人をコントロール(権力による支配)することなく、その人の中にある可能性を信じて待つ、それもその人が助けを求めてきたときに直ちに手助けできる準備をしながら待つ、このことも援助者にとっては大切なことなのです。

8 利用者のプライバシーを尊重し、本人の了解なしに個人情報を漏らしてはならない。
人は誰でも他者に知られたくない、秘密にしておきたいことがあります。それにもかかわらず、秘密にしておきたいことを誰かによって他者の目にさらされることで精神的苦痛を被る場合もあります。
他者が人の平穏な私的生活領域に侵入すること、これはプライバシーの侵害にあたります。人には「公共の福祉」に反しない限り、他者からの侵害を受けず自らの私的生活領域を守る権利があります。
人には他者に知られたくない内面的感情があり、それを人は互いに認め合い保護しあっていく必要があります。人間の尊厳や自立した私的生活が保護されている、換言すれば、基本的人権を尊重する気風に包まれている、そういう社会にあって一人ひとりのプライバシーの権利が保障されているのです。
マック施設のなかは一つの小さな社会です。それも、仲間意識が漂う雰囲気のなかで「人間としての尊厳」を尊重し互いにアノニミティを大切にする、これらのことを活動上の基本に据えている文化をもった社会です。このような社会を織り成す活動を行うこと、このことはマックグループ基本理念が謳っているところでもあります。
アノニミティとはプライバシーの権利よりもさらに深く広い意味を内包している概念ですが、社会の皆に知られてしまうという怖れを防衛するための手段(外部に対し秘密とする)としてのアノニミティはプライバシーの権利と重なり合います。
マック施設はアルコール依存症の問題をもって訪れる人たちを差別せず、回復への道案内をすることをその使命としています。
回復は正直な自分の姿との出会いから始まります。マックミーティングは、正直な話、正直な雰囲気に包まれ、その場で話された個人の物語は外部に漏らされないという信頼感に包まれた環境のなかで行わなければなりません。このような基本的信頼感に基づいた安心の場のなかであって始めて「正直な分かち合い」ができ、人は自分の正直な姿に触れるチャンスと出会えるようになります。
回復への道案内を行う上で、プライバシーを積極的に保護すべき所以がここにあります。

9 化学物質の乱用を行ってはならない。また、職員、理事等が本基準に反するような非倫理的行動をとっており、そのことを他の職員、理事等が気づいた場合、気づいた者はそれを無視することなく責任のある行動をとらねばならない。
マックグループは、アルコール依存症者にソブラエティ(飲まない生き方)を実践していく方法や手がかりを提供していくことを目的に活動をしています。
援助スタッフは、利用者がアルコールや他の薬物などの化学物質に支配された状態から自由になり、質の高い生活を営めるように手助けを行っていますが、その当事者スタッフが自ら化学物質の乱用を行うことは、自身の回復を否定するばかりでなく利用者に対する背信行為でもあります。そして、当事者スタッフのみならず援助スタッフを含む職員や理事等が化学物質の乱用を行ったり、本基準に反するような行動をとることもまた利用者に対する同様の背信行為となることも確かなことです。さらに、私たちがそれらに気づいたとき、それを無責任に放置し続けることもまた自分自身や利用者に対する背信行為に他なりません。
私たちは、マックグループの目的に向かって進むために、ここに示された倫理基準に基づいた積極的な行動をとる必要があるのです。

10 利用者(現在またはかつての)との関係において、自らの利益のために性的関係を結んだり、利用者を金銭的、社会的に利用してはならない。また、そのように疑われる行動をとってはならない。
マック施設では、仲間意識に包まれた「回復への希望」が漂う雰囲気のなかで利用者を迎え入れることを心がけ、利用者が安心できる居場所(施設)づくりを行っています。マック施設は、利用者にとって、嵐に遭遇して航海する船が停泊できる港のようなものです。
様々な問題を抱えて助けを求めに訪れる利用者にとって、マック施設は安全で安心できる居場所であるとともに信頼の場でなければなりません。援助スタッフに対する信頼感が利用者の内面に醸成されて初めて安心感が宿り、利用者は安心してマック施設で過ごせるようになるからです。
利用者が回復プログラムを踏んでいく過程で、援助スタッフは先行く仲間として慕われ、信頼を寄せられ、さらに、一人の人間として敬愛の念を抱かれるようになる関係性が生じやすいことを私たちは自覚しておく必要があります。他方では、援助スタッフと利用者の関係には権力的立場と弱い立場、換言すれば、支配と依存の関係性が潜在しやすいということも考慮に入れておかなければなりません。
このような関係性の下で、援助者が自らの欲望を満たすための対象として利用者と関わることは、相手の弱みに付け込んだ卑劣は行為と言えます。このことは、援助者自身の生き方を否定するばかりではなく、マックグループに信頼を寄せている利用者への背信行為となります。そして、李下に冠を正さず、という諺がありますが、私たちは、利用者への背信行為と疑われるような言動もとってはならないのです。
このような行動は、利用者にとっても私たち自身にとっても、人間としての尊厳を踏みにじることにつながっているからです。

11 施設を離れた利用者(マックプログラム修了者及び途中退所者)の回復に関心を持ち続け、必要に応じ「回復への希望のメッセージ」を彼らに届ける努力を惜しまず、彼らがソブラエティのある生活に向かえるよう手助けを行っていく。
利用者が回復プログラムを踏む過程で地域のA.A.につながり、12 ステップに基づく行動変容ができるよう手助けするとともに、彼らが地域のA.A.グループのなかでレギュラーメンバーとして継続的に活動できるよう手助けしていくこと、これらはマックグループが活動していく上での基本的な姿勢です。
マックプログラムを修了してA.A.グループとの良好な関係を保ち社会生活を営んでいる人たちがいます。しかし、回復の道は「山あり谷あり」、残業をするかA.A.ミーティングに出るか、家族関係の修復をどのように行っていくか、等々、彼らには様々な問題が表れてきます。ある意味で、回復の道を歩んでいるからこそ問題が表れてきます、問題に正面から対峙できるよう回復・成長しているからこそ見えてくるとも考えられます。
このような時、一人だけで対峙するには大きすぎる問題もあるかも知れません。だからこそ私たちは、彼らにメッセージを届け続けることが求められているのでないでしょうか。いつでもマック施設に遊びに来て下さい、私たちと経験を分かち合おう、そして、一緒にやろう!と。
アルコール依存症者にみられる病気の特徴でもあるのか、利用者のなかには一定の割合でドロップアウトをしていく人たちもいます。回復プログラムから離れ、マック施設から離れていってしまうのです。利用者自身の判断に基づいて離れていったと言えるかもしれませんが、それ以上に、「病気」がそのような行動をとらせたと考えることが私たちの経験が伝えていることです。別の言い方をすれば、利用者は回復途上で「病気の囁き・悪魔の囁き」に動かされてしまったのかも知れません。このような状況に、私たちは本当に「無力」であることを痛感します。しかし、私たちにも「できること」があります。利用者の中に潜んでいる回復への可能性を信じて待つ、それもその人が再び助けを求めてきたときに直ちに手助けできる準備をしながら待つ、このことが私たちの「無力」の実践なのです。利用者に関心をもち続けること、このことは私たちの問題でもあるのです。

12 施設の一体性を創出・維持していく努力を惜しまず、地域社会に向かっては、マックグループの経験に基づく「回復への希望のメッセージ」を伝え続ける。
どんな施設であろうとも人間が運営管理をしています。そこが人間の集まりである以上、必ず人間関係のきしみや争いごとが生じ、その一体性が崩れる可能性を内包しています。
その大きな要因の一つが自己中心的な他者コントロール(支配欲)です。自己中心性やコントロール欲求が表面化してきたときに対人関係上の問題が発生しやすいこと、これは私たちの経験が示しているところのようです。
それと同時に、私たちにはもう一つの経験が伝えられています。ミーティングで仲間の話を聴き、そして、仲間に話しかける。話し合い、分かち合うことを続けることによって生き生きとした人間関係が蘇り、より一層の一体性が芽生えてくるようになる。このことは私たちの経験に積み重ねられている財産となっています。
施設運営を行っていく上で、まず、私たちはマック施設の持つ「使命」に立ち返らなければなりません。そして、互いに「使命」を共有し合いながら話合いを続けていく、換言すれば、ひとり一人が施設運営への参加のプロセスを大事にする。このことが、マック施設の使命を実践していく上での一体性を生じさせていくことにつながっています。
どんなにひどいアルコール依存症者でも回復に向かえる可能性があると私たちは信じています。生き方に問題を抱えて施設を訪れるアルコール依存症者に対し、A.A.12 ステップに基づく回復プログラムを提供し、彼らが地域の12 ステップグループ(A.A.を中心とした12 ステップグループを指す。)につながれるよう、その橋渡しを行っていくことが私たちの使命でもあります。このような信念を持ちながら不断の努力をし続けていく、その信念に基づき、マック施設が行っている「回復への手助け」を地域社会に伝えていくこともまた私たちの使命でもあるのです。
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